2018年1月31日 更新

おじいちゃんの封筒

あるおじいちゃんが作った封筒のお話

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うちの事務所は写真とデザインを生業としているので当然「見せる」ということを常に念頭に置いて仕事をしている。「見せる」=「見てもらえるように」とも言える。
これは広告や出版の世界では当たり前のことである。それが目的であるとも言える。

しかし、ここが難しいところではあるのだが見てもらえるようにいろいろ工夫して作ったからと言って必ずしも見てもらえるわけではない。ある意味エンターテイメントの世界と同じ部分がある。
お笑い芸人がいくら笑わせようと思ったところで客はそう簡単に笑わない。逆にリアルな失敗が受けたり、苦し紛れの居直ったギャグが大ヒットしたりもする。笑わせようという下心がない部分が受けるのである。お笑いの世界が成熟した故の笑いの難しさがそこにはある。
似たようなことは最近いろいろな分野であるように思う。
おじいちゃんの封筒(ラトルズ)

おじいちゃんの封筒(ラトルズ)

この封筒はおそらく厚紙を薄く剥がして作ったと思われる。手を動かす行程を増やす為に、厚紙をこのように薄くして、封筒を作る場合もあったそうだ。なんとも言えない味がある。
以前「おじいちゃんの封筒」(ラトルズ)という本の撮影を担当させてもらったことがある。おじいちゃんの封筒とは、あるおじいちゃんの手作りの封筒のことでこの本は様々な紙で作られた封筒がカタログのように並んでいるだけだ。
しかし、なぜこのおじいちゃんの封筒が一冊の本になったのか。

元大工の棟梁だったこの人は、引退後10年間「テレビを見る仕事」と称して10年間毎日のようにテレビを見続けたらしい。それを見かねたある人が、そんなことをしていたらダメになる、手を動かした方がいいと言ったらしい。それをきっかけに最初はメンコを作り始めその後封筒を作るようになる。それを「紙の仕事」と言っていたらしい。なぜ封筒なのかはわからないが‥‥。

身の回りにある、ちらしや伝票や牛乳パック、ティッシュのケースとにかくありとあらゆる捨てられるような紙を使って、その後80歳から95歳で死ぬまで朝から晩まで、元職人ゆえの几帳面さで丁寧に封筒は作られた。
ちゃんと内側まで丁寧に作られている。
さらに厚い紙は薄くして作っていたようだ。その数は恐らく何千にも及ぶと思われる。多くは人にあげたり、そして死んだ時に残った大半を棺の中に入れて本人と共に火葬にされたということだ。
それから時が経っておじいちゃんの家が取り壊される時に火葬されたと思っていた封筒が大量に出て来た。
孫であるグラフィックデザイナーの藤井咲子さんがそれを見て素晴らしいと思った。作っていた当時は何とも思わなかったのに‥‥。

それから彼女はその封筒の素晴らしさを伝えたくて地元の喫茶店で小さな展覧会を開いた。それをきっかけにして、出版や展覧会が各地で開かれることになった。
中ページから

中ページから

写真ではわかりづらいけれど、組み合わされた微妙な紙の表情がおじいちゃんの封筒の特徴。
この封筒が人々を魅了する理由はそこに美しく「見せる」とか、かっこよく「見せる」という下心が皆無だからだ。ましてや最近流行のリサイクルでもない。
まるで写経のように毎日こつこつと作ることだけを目的に作られたその封筒たちには逆におじいいちゃんの律儀な「作る」という行為の痕跡だけがある。それが今の人々に響くものがあるのだろう。

「見せる」ということ自体が悪いわけではない。しかし、「見せる」ことや演出のテクニックや方法論が成熟してしてしまった今、手を使って「作る」という人間の素朴な行為が持っている豊かさが忘れがちになっているのも確かである。

写真やデザインをやっている我が身には素朴だが純粋な「作る」という行為の結果として生まれてきたこの封筒達に身につまされる思いがした。

「おじいちゃんの封筒」が、ただのおじいちゃんの作った封筒で終わった時代の方がむしろ健全だったのかもしれないという逆説も成り立ちそうだが時代は常にそうやって進んでいくものだ。

「見せる」ことが成熟したこの時代に、おじいちゃんの封筒達にはおそらくもう一度「作る」ということ考えさせるきっかけが死んでしまったおじいちゃんの思いとは関係なく確かにあるように思う。

たまたま、おじいちゃんの封筒は撮影の仕事として関わっただけだが最近、おじいちゃんの封筒をいろいろな機会に思い起こすことがある。複写に近い、短時間で終わった撮影ではあったが、「見せる」と「作る」ということを毎日仕事でやっている中で個人的にいまだに尾を引く仕事である。本の発刊から大分経った今でも
この「おじいちゃんの封筒」は国内はもとより海外でも展覧会が開かれている。

詳しくは「おじいちゃんの封筒」で検索してみてください。

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AK AK