2025年7月7日 更新

LA 店頭レポート シリーズvol.5 ep.1 

ロサンゼルスの店頭レポート第5弾。「セレンディピティ」の提供に注目して「買う場」から「何かと出会う場」と変化しているアメリカの商業空間をレポート。今回はウォルマート。

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LA 店頭レポート シリーズvol.5 ep.1 Walmart

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はじめに

かつて「欲しいものを買うために出かける」ことは、当たり前の消費行動だった。
目的の店舗に向かい、目的の商品を手に入れるという構造は、長らく人々の購買行動の中心にあり、特に郊外型ショッピングモールなどはその象徴的な存在であった。

しかし、ECサイトの進化とスマートフォンの普及により、消費行動は劇的に変化した。
欲しいものはいつでもどこでも検索・比較・購入ができ、効率的で機能的な購買手段が生活に完全に定着した今、「モノを手に入れる」ことそのものが、もはや購買動機にはなりづらくなっている。

こうした環境の中で、リアルな商業空間が再び注目を集めるには、新たな役割が求められるようになった。
そのひとつが、「セレンディピティ(serendipity)」の提供である。
セレンディピティとは、「偶然の幸福な発見」を意味する言葉であり、計画や期待を超えたところで、ふとした気づきや出会いに心を動かされるような体験を指す。

事前に調べ、比較し、最適解を選ぶことが当たり前になった現代において、人々は逆に“想定外の発見”に飢えている。
あえて検索せずに歩いてみる、予定になかったものに出会ってみる──そんな非効率で偶発的な行為が、かえって深い満足感や記憶に残る体験をもたらすようになっている。

このように、商業空間が果たすべき役割は、単に「買う場」から、「何かと出会う場」へと変化しつつある。
本レポートでは、こうした消費者心理の変化に注目しながら、「偶然性」が商業空間にもたらす価値について考察を進めていく。
セレンディピティとは、「偶然の幸福な発見」を意味する言葉であり、計画や期待を超えたところで、ふとした気づきや出会いに心を動かされるような体験を指す。
現代の商業空間において、「セレンディピティ」をどのように設計し、成立させるかは、店舗の世界観やブランド体験を形づくるうえで大きなテーマとなっている。

リコメンドアルゴリズムによって“自分に合ったもの”が自動で提示され、SNSでは興味関心の近い情報ばかりが流れてくる環境に慣れた生活者にとって、本当に心を動かすのは、むしろ「知らなかったもの」「想定していなかった選択肢」との出会いである。

それは単なる商品だけでなく、空間そのもの、導線の流れ、偶然目にしたアート、ふと耳にした音楽、偶発的に目に入る他人の振る舞いなど、さまざまな形で生まれる。
こうした“偶然を装った必然”を、いかに空間の中で自然に配置し、体験として成立させるかは、店舗設計やテナント構成、什器配置、視線誘導など、複数の要素が複雑に絡み合うプロセスとなる。

それゆえ、ただランダムに商品や装飾を並べただけではセレンディピティは成立せず、来訪者にとって「気づきやすく」「選びやすく」「共感しやすい」環境づくりが必要とされる。
本レポートでは、「セレンディピティ」がどのように商業空間の中で成立しているのかを、現地での店頭観察を通じて読み解いていく。
あらかじめ設計された空間に、どのような偶然性が内包されているのか。

本調査では、特定の小売エリアを対象に、実際の来店者の行動や滞在の様子を観察しながら、偶発的な発見や選択がどのように引き起こされているかを探る。
「想定外の楽しさ」がどのように生まれ、なぜ人を惹きつけるのか──その手がかりを、現場のリアルな空気感とともに検証していく。

ep.1 Walmart

アメリカ国民の気分をど直球で刺激するウォルマート

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7月4日のアメリカ独立記念日を目前に控え、国民的スーパーマーケットであるウォルマートの店内は、祝祭ムードに包まれていた。
星条旗を模した装飾や、国鳥である白頭鷹のモチーフが通路や棚、天井からも掲げられ、赤・白・青のトリコロールを基調とした商品パッケージが売場全体に統一感をもたらしている。
来店者は「この店に来れば、7月4日の準備がすべて整う」と自然と感じるような、テーマの一貫性が際立っていた。

とりわけ目を引いたのが、バーベキューやビーチレジャー関連商品を集めたコーナーである。
グリルや炭、クーラーボックス、紙皿やカップなどが大量に積み上げられ、色鮮やかなPOPとともに購買意欲を刺激していた。独立記念日を機にバーベキューを解禁するというアメリカの季節感と生活リズムを的確に反映した売場であり、来店客の「今ほしい」気分に寄り添った構成となっていた。

また、ウォルマートならではの広大なスペースを生かした展示も特徴的だった。
実際に屋外パラソルやテーブルセットを組み立てて展示することで、商品を“陳列”するだけでなく、レジャーシーンそのものを売場で再現する提案型の演出がなされていた。
これは、消費者に単なる商品ではなく、「体験のイメージ」を届ける売場設計であり、郊外型店舗ならではの説得力がある。

祝日を軸に生活のリズムを明確に切り替えるアメリカ文化において、ウォルマートは単なる買い物の場ではなく、行事を迎える準備空間としての役割を担っていた。
日常から少し気持ちを切り替えるための「特別な演出」としての買い物体験が、ここではしっかりと設計されていた。
値札も星条旗デザインが施されている。

値札も星条旗デザインが施されている。

高さのある空間は、ふと見上げても何かとの出会いや発見がある。

高さのある空間は、ふと見上げても何かとの出会いや発見がある。

吊るされた浮き輪に誘われて近づくと、ビーチ用品のコーナ...

吊るされた浮き輪に誘われて近づくと、ビーチ用品のコーナーに出会える。

実際に座れる展示販売。

実際に座れる展示販売。

この通路を歩くだけで、夏の準備が整っていく。

この通路を歩くだけで、夏の準備が整っていく。

さいごに

ECやデジタルマーケティングの浸透により、現代の消費者は必要な情報や商品をスマートフォンひとつで手に入れられるようになった。
検索すれば欲しいものが瞬時に見つかり、比較し、購入する。
こうした便利さが日常化した今、リアルな店頭に足を運ぶ理由は変化している。
もはや「必要なものを買う場所」としての役割だけでは、来店動機にはならない。

そのような時代において、小売の現場が果たすべき新たな役割のひとつが、「偶然の出会い=セレンディピティ」の提供である。思いがけず出会った商品や空間に心を動かされ、「なんとなく気になって買ってしまった」「見ていたら欲しくなった」といった感情の揺らぎこそが、リアル店舗ならではの価値である。

しかし、ロサンゼルスの売場を観察して強く感じたのは、真に意味のあるセレンディピティは、単なる偶然では生まれないということだ。
それはむしろ、顧客理解に基づいた戦略的な売場設計、空間演出、提案の積み重ねによって導かれる“計算された偶然”である。

顧客がどのようなライフスタイルを送り、どんな場面で幸せを感じ、どのような提案に心を動かされるのか。さらには、自社がその中でどのような価値を提供できるのか。こうした問いに真摯に向き合い続けることでしか、偶然の出会いは生まれない。
そのためには、デジタルの力が不可欠である。オンライン上で取得できる行動データや関心トレンドは、顧客像を理解する上で大きな手がかりになる。
一方で、実際の店頭で顧客の視線や立ち止まり方、ちょっとした反応を読み取るといったアナログな観察こそが、データでは読みきれない「人らしさ」を捉えるうえで重要になる。

デジタルとアナログは、本来対立するものではない。それぞれに異なる強みがあり、どちらか一方では不完全である。両者を適切に組み合わせることで、はじめて「顧客のリアルな感情」に近づくことができる。

どちらが優れているかという視点ではなく、いかに両者を補完的に活用し、売場や体験に反映させていくか。そこに、これからの小売が向かうべき方向がある。
そしてそのすべては、最終的に「顧客の笑顔」というシンプルで本質的な目的に通じている。
売場のすべての工夫は、その一瞬の感情の揺れを生み出すためにあるのだ。
了。

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bonbi GOSSIP 編集部 bonbi GOSSIP 編集部