LA 店頭レポート シリーズvol.5 ep.4

ロサンゼルスの店頭レポート第5弾。「セレンディピティ」の提供に注目して「買う場」から「何かと出会う場」と変化しているアメリカの商業空間をレポート。今回はRalphs。

目次

LA 店頭レポート シリーズvol.5 ep.4 Ralphs

はじめに

かつて「欲しいものを買うために出かける」ことは、当たり前の消費行動だった。
目的の店舗に向かい、目的の商品を手に入れるという構造は、長らく人々の購買行動の中心にあり、特に郊外型ショッピングモールなどはその象徴的な存在であった。

しかし、ECサイトの進化とスマートフォンの普及により、消費行動は劇的に変化した。
欲しいものはいつでもどこでも検索・比較・購入ができ、効率的で機能的な購買手段が生活に完全に定着した今、「モノを手に入れる」ことそのものが、もはや購買動機にはなりづらくなっている。

こうした環境の中で、リアルな商業空間が再び注目を集めるには、新たな役割が求められるようになった。
そのひとつが、「セレンディピティ(serendipity)」の提供である。
セレンディピティとは、「偶然の幸福な発見」を意味する言葉であり、計画や期待を超えたところで、ふとした気づきや出会いに心を動かされるような体験を指す。

事前に調べ、比較し、最適解を選ぶことが当たり前になった現代において、人々は逆に“想定外の発見”に飢えている。
あえて検索せずに歩いてみる、予定になかったものに出会ってみる──そんな非効率で偶発的な行為が、かえって深い満足感や記憶に残る体験をもたらすようになっている。

このように、商業空間が果たすべき役割は、単に「買う場」から、「何かと出会う場」へと変化しつつある。
本レポートでは、こうした消費者心理の変化に注目しながら、「偶然性」が商業空間にもたらす価値について考察を進めていく。
セレンディピティとは、「偶然の幸福な発見」を意味する言葉であり、計画や期待を超えたところで、ふとした気づきや出会いに心を動かされるような体験を指す。

ep.4 Ralphs

大型POPで賑やかさを演出するRalphs

比較的安価なスーパーとして知られるRalphsでは、店内に足を踏み入れた瞬間に、アメリカらしい鮮やかな色彩が目に飛び込んでくる。
ポップな色合いのスナック菓子や炭酸飲料が一面に並び、棚や什器の配置も、視覚的なインパクトを意識した作りになっている。
特に目を引くのは、ロサンゼルス・ドジャースの立体POPなどを用いたディスプレイで、スポーツ観戦やパーティーシーンを連想させる元気で開放的な雰囲気が漂っている。

こうした演出は、地元に根ざした生活文化――たとえば家族や友人とスポーツを楽しみながら過ごす週末――に寄り添っており、地域性や季節感を売り場全体で表現している点が特徴的である。

一方で、棚の構成に目を向けると、生活に即したクロスマーチャンダイズが丁寧に設計されていることに気づかされる。
たとえば、カクテル関連のコーナーでは、アルコール飲料と一緒に使い捨てのショットグラスやライム果汁が並べられているだけでなく、ピンポン球がパッケージされた商品もセットで陳列されている。
これは単なる「飲むための道具」ではなく、「友人と集まって飲みながら卓球を楽しむ」といった具体的なシーンを喚起させる組み合わせであり、単なる消費行動ではなく、体験の提案にまで踏み込んだ売り場づくりといえる。

こうした売り場の随所には、「買い物を通じて生活の中にある楽しさを見つけてほしい」という姿勢がにじんでおり、Ralphsが提供するのは単なる低価格の商品ではなく、“ちょっとした楽しみを演出するアイデア”であるという印象を与えている。

家で、野球観戦時をする際のドリンクを提案。

このエリアを通るだけで、ドリンクからつまみまでひと通りが揃う。

冷凍野菜の扉にスプレー型の野菜用オイル。

缶スープで時短したい人(=子どもがいる)を狙ったクロスマーチャンダイズ。

ショットサイズのプラカップとピンポン玉のセット販売。楽しみ方を売る。

バーアイテムも充実。家庭での娯楽を提供する。

さいごに

ECやデジタルマーケティングの浸透により、現代の消費者は必要な情報や商品をスマートフォンひとつで手に入れられるようになった。
検索すれば欲しいものが瞬時に見つかり、比較し、購入する。
こうした便利さが日常化した今、リアルな店頭に足を運ぶ理由は変化している。
もはや「必要なものを買う場所」としての役割だけでは、来店動機にはならない。

そのような時代において、小売の現場が果たすべき新たな役割のひとつが、「偶然の出会い=セレンディピティ」の提供である。思いがけず出会った商品や空間に心を動かされ、「なんとなく気になって買ってしまった」「見ていたら欲しくなった」といった感情の揺らぎこそが、リアル店舗ならではの価値である。

しかし、ロサンゼルスの売場を観察して強く感じたのは、真に意味のあるセレンディピティは、単なる偶然では生まれないということだ。
それはむしろ、顧客理解に基づいた戦略的な売場設計、空間演出、提案の積み重ねによって導かれる“計算された偶然”である。

顧客がどのようなライフスタイルを送り、どんな場面で幸せを感じ、どのような提案に心を動かされるのか。さらには、自社がその中でどのような価値を提供できるのか。こうした問いに真摯に向き合い続けることでしか、偶然の出会いは生まれない。
そのためには、デジタルの力が不可欠である。オンライン上で取得できる行動データや関心トレンドは、顧客像を理解する上で大きな手がかりになる。
一方で、実際の店頭で顧客の視線や立ち止まり方、ちょっとした反応を読み取るといったアナログな観察こそが、データでは読みきれない「人らしさ」を捉えるうえで重要になる。

デジタルとアナログは、本来対立するものではない。それぞれに異なる強みがあり、どちらか一方では不完全である。両者を適切に組み合わせることで、はじめて「顧客のリアルな感情」に近づくことができる。

どちらが優れているかという視点ではなく、いかに両者を補完的に活用し、売場や体験に反映させていくか。そこに、これからの小売が向かうべき方向がある。
そしてそのすべては、最終的に「顧客の笑顔」というシンプルで本質的な目的に通じている。
売場のすべての工夫は、その一瞬の感情の揺れを生み出すためにあるのだ。


了。