作成:Business Insider Japan、撮影:今村拓馬
通信業界が慌ただしい動きを見せている。
今年8月に菅官房長官が「携帯電話料金は4割値下げできる余地がある」と発言したことで、NTTドコモが2019年春に2〜4割の値下げをすると発表。
取材に応じたKDDIの髙橋誠社長。
撮影:石川温
2019年10月に「第4のキャリア」として携帯のキャリア事業に参入する楽天は、KDDIと大型提携を結び、全国のネットワークを借りるだけでなく、楽天の物流や決済プラットフォームをKDDIに提供することを明らかにした。
業界が目まぐるしく変化するなか、KDDIはどんな戦略でこの荒波を乗り切っていくのか。今年4月に社長に就任した髙橋誠氏に話を聞いた。
ドコモの発表に、KDDI髙橋社長「正直、驚いた」
NTTドコモが10月31日に発表した、料金プラン見直しの方針。
出典:NTTドコモ
NTTドコモが来春に値下げを発表した翌日、決算会見で髙橋誠社長は「正直、驚いた」と素直に胸の内を明かした。
その一方で「我々は分離プランのトップランナーであり、官邸からの宿題は終えたつもり」(髙橋社長)として、すでに料金値下げは実施済みで、NTTドコモには追随しないというスタンスを示した。
しかし、記者会見の質疑応答では、記者たちの質問責めにより「NTTドコモの値下げに対抗する」と回答。一般誌はこぞって「KDDIもNTTドコモに対抗」という記事を書いた。
実際のところ、髙橋社長の本心は「もう値下げしているから対抗しない」のか。それとも「NTTドコモに対抗値下げする」のどちらなのだろうか。
髙橋社長は以下の様に語る。
髙橋社長「NTTドコモの値下げにはいろんな噂が存在する。額面通りではなく、もう一歩踏み込むと、吉澤社長が言っている感もある。我々としては、分離プランをすでに提供していることもあり、官邸からの宿題は終わっているつもりだが、一方で利益も上がっていることもあり、料金値下げについては絶え間なく努力する。
実際、NTTドコモの出方次第というところが大きい。うちが先陣を切って値下げすることはないが、NTTドコモが分離モデルだけでなく、違った切り口で値下げをしてくるかによって、対抗せざるを得ないかも知れない」
つまり、今後値下げ競争が起こるかどうかは、NTTドコモの新しい料金プラン次第ということだ。
直近はNetflixパックなどの既存プランで戦う
2018年8月、auは「auフラットプラン25 Netflixパック」の提供を開始した。
撮影:小林優多郎
NTTドコモが来春に値下げをすると発表したことで、NTTドコモのユーザーが、しばらく様子見状態となり、他社に流出しない可能性が出てきた。通信料金の安さで攻めている格安SIM事業者にとってみれば、大打撃になる可能性もある。
もちろん、NTTドコモからユーザーを奪いたいKDDIも同様なはずだ。
しかし、髙橋社長は「フィーチャーフォンからスマートフォンへの乗り換え施策や、来年春までの学割キャンペーンなどがある。それらで競争できるので、充分戦っていけるのではないか」と見ている。
KDDIでは現在、8月に提供開始した「auフラットプラン25 Netflixパック」が絶好調だという。月間25GBのデータ容量に加えて、「Netflix」と「ビデオパス」という動画配信視聴料がセットになっているプランだ。
髙橋社長「契約者数を公表して、加入に拍車をかけたいほど好調なのだが、Netflixから契約者数を口止めされている。それが何とももどかしい」
ソフトバンクの50GBプランには追従しない
ソフトバンクは大容量&フリーカウントプランの「ウルトラギガモンスター+」を展開している。
出典:ソフトバンク
一方、ソフトバンクは月間50GBで、YouTubeやFacebookなど動画やSNSでデータ容量を消費しない「ウルトラギガモンスター+」を提供中だ。KDDIではウルトラギガモンスター+への対抗プランを検討していないのか。
髙橋社長は「単純に同じものを入れる必要はないと思っている」と、当面の間は対抗プランを投入する気はないようだ。
髙橋社長「ウルトラギガモンスター+はユーザーとってハードルの高いサービスなのではないか。家族が多くないと安くならないなど、売れているサービスとは思えない。単純に同じものを入れる必要はないと思っている」
ソフトバンクは先日の決算会見で、NTTドコモのさらなる値下げに対抗しようと、国内通信事業に携わる社員の4割を、今後成長が見込める事業への配置転換することを明らかにした。その数、最大6800名規模になるという。KDDIでも、こうした配置転換を考えていたりしないのだろうか。
髙橋社長「いきなり社員を4割削減するなんて、孫さんだから言えると思う。しかし、IRの時に『3万人も社員が必要なんですか』という人がいたりして、議論になったことがある。
KDDIは会社のフィロソフィーとして、リストラからは最も遠いところにいる。しかし、モバイルの利益が高いからといって、モバイル事業にしがみついていてはダメだ。
世間ではデジタルトランスフォーメーションと言われているが、うちの会社にこそ求められている。5G時代に向けて、ビジネスモデルが大きく変革する。おもしろいタイミングになっていると思う」
KDDIが物販や金融など、多角化経営を進める背景には、こうした危機感があるようだ。
楽天との物流・金融分野の提携はローミングのバーターではない
KDDIと楽天は複数の分野において連携を行なう。
撮影:小林優多郎
前述のように、KDDIは2019年10月に第4のキャリアとして携帯電話事業に参入する楽天と提携すると発表した。東京23区、名古屋市、大阪市以外を除いたエリアでネットワークを楽天に貸し出す一方で、楽天が持つネット通販の物流倉庫や、QRコード決済「楽天ペイ」の全国120万店舗の決済プラットフォームを利用できるようになるという。
今回の提携の話に対して、一部、誤解されている点があると髙橋社長は語る。
髙橋社長「KDDIがローミングを提供するのと、楽天が物流と決済を提供するのはバーターではない。そこを一部、勘違いされている方がいる。それぞれの取引で対価が得られる。うちは楽天からローミング料をいただくし、物流は楽天にお金を払うが、他よりも安ければの話だ」
KDDIにとって、今回の話は敵に塩を送るどころか、とてもメリットのある話のようだ。
髙橋社長「ネットワークをお貸しして、対価をいただく。楽天のユーザーが増えれば、ローミング収入は増える。放っておけば、NTTドコモが貸し出すことになるだろう。それであれば、我々が貸した方が結果的にはプラスになる」
物流や決済で楽天に支払う使用料は微々たるものであり、KDDIがローミング提供で得られる通信料収入が圧倒的に多いというわけだ。
作成:Business Insider Japan
今回、KDDIと楽天は通信、物流、決済で提携を結んだ。今後、楽天が強いとされる金融事業やポイント事業などに提携が拡大することはあり得るのだろうか。
髙橋社長「うちも『じぶん銀行』など作ってきており、楽天と相乗りできるものはないかもしれない。ポイント事業は難しく、うちと楽天がクロスするとうちのポイントが出ていくか、楽天のポイントがうちに来るか次第。
いまのままだと、うちの通販サイトである『Wowma!』が非力なので、うちのポイントがたくさん向こうに行ってしまうとメリットがない。そこは交換レート次第だが、検討は進んでいない」
髙橋社長は否定的に話したが、そうはいっても今後KDDIと楽天がさらに距離を縮めて、仲良くなっていきそうな気もする。しかし、そんな指摘に対して、髙橋社長は「携帯電話事業の立ち上がり次第」とした上で、楽天の企業風土に関心を示す。
髙橋社長「どうですかね(苦笑)。楽天の携帯電話事業の立ち上がり次第ですかね。楽天はIT企業なので、話が速い。海外の投資や人材育成など見習うべきところも多い」
ただ、2020年に開始となる5Gに向けては「5G時代には設備の共用が進む可能性がある。海外では設備を協業して作るというのは当たり前になりつつある。ただ、NTTの設備を借りるのは健全な競争とは言えない」(髙橋社長)として、楽天であれば、5Gの設備共用などで協力できる考えを示した。
KDDIは楽天に救いの手を差し伸べるか
楽天は11月8日の決算発表で、屋外基地局の設置について総務省に提出した計画より前倒す旨を発表している。
出典:楽天
ここまでKDDIと楽天が仲良くなると、そもそも楽天は低料金競争で、大手3キャリアに攻め入ることができるのか不安に感じるところもある。「もしかしたら、KDDIに対して忖度して、料金競争を起こせないのではないか」という気もしてくるのだ。
そんな不安に対して、髙橋社長は「競争はしていける」としたが、一方で、楽天やMVNOの料金設定が難しくなっているのではないかと指摘する。
髙橋社長「NTTドコモも分離プランを入れると、みんな分離プランになる。(キャリアの通信料金が安く見えるので)楽天は、いまのMVNOと同じ料金プランでも、通用しなくなるのではないか。分離プランが一般的になると、MVNOの魅力が減るのではないか。MVNOが料金をさらにさげると体力的に持たなくなる可能性がある。
(来年10月にキャリアとして参入する)楽天のハードルが上がっているような気がする。本当に大変だと思う」
果たして、楽天が追い込まれた時、さらなる救いの手がKDDIから伸びてくるのか。来年10月に向けて、注目すべきポイントになりそうだ。
(文・石川温)
石川温:スマホジャーナリスト。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。ラジオNIKKEIで毎週木曜22時からの番組「スマホNo.1メディア」に出演。